Vision
タンパク質の「選択性」から、 創薬へ
生命活動を支えているのはタンパク質であり、その最も驚くべき性質のひとつが選択性の高さです。タンパク質はナトリウムイオンとカリウムイオン、ATPとADPのようなわずかな違いを認識し、厳密に区別することで生命活動を維持しています。
創薬の標的となるGタンパク質共役受容体(GPCR)も同じです。よく似た受容体サブタイプのどれに結合するのか、よく似たリガンドをどう見分けるのか、複数のシグナル経路のどれを選ぶのか。その選択は、薬の効果や副作用に影響します。
私たちはこの「選択性」に着目し、構造生物学を中心に、GPCRをはじめとする創薬標的がどのように選択性を生み出しているのかを分子レベルで解明し、その理解をもとに選択性を操作するモダリティーを設計することで、創薬に貢献することを目指しています。
それを可能にする技術的な強みが、膜タンパク質を機能状態ごとに作り分けて高品質な標品として生産する技術です。その標品を起点に、クライオ電子顕微鏡による構造解析と薬理学的な機能解析で「どの構造状態が、どの機能につながるのか」を読み解き、抗体、monobody/nanobody、AIを活用したde novoバインダー、低分子(DELスクリーニング)によって、狙った状態や機能を選び分ける分子を創り出し、多様なモダリティーとして新しい医薬品へ発展させます。
Selectivity, from structure to design — understanding molecular recognition and developing molecules to modulate protein function.
Protein Production
高品質な蛋白質標品の 生産技術
構造解析もスクリーニングも、均一で安定、かつ活性を保ったタンパク質がなければ始まりません。私たちは、標的ごとに昆虫細胞(バキュロウイルス発現系)や哺乳類細胞などの発現系を構築し、膜タンパク質の可溶化・精製から、Gタンパク質や抗体などとの複合体形成までを一貫して行っています。
調製した標品は、均一性(単分散性)、安定性、リガンド結合活性などを確認してから、構造解析やバインダースクリーニングに供します。この品質管理の積み重ねが、高分解能の構造や信頼できるスクリーニング結果につながると考えています。
GPCRを中心に多数の膜タンパク質で培ったこの生産技術は、共同研究においても標的タンパク質の調製という形で活かしています。
Keywords: baculovirus–insect cell and mammalian expression / membrane-protein solubilization and purification / complex formation / quality control (monodispersity, stability, ligand-binding activity)
Selectivity & Mechanism
選択性の分子機構を、 構造から理解する
創薬標的タンパク質の機能を理解するには、その分子がどのような立体構造をとり、リガンドやシグナル伝達分子とどのように相互作用するのかを知ることが欠かせません。私たちは、クライオ電子顕微鏡単粒子解析を中心に、GPCRをはじめとする膜タンパク質やタンパク質複合体の高分解能構造解析を進めています。
特に注目しているのは、創薬に直結する「選択性」です。活性型・不活性型・シグナル伝達複合体といった異なる機能状態を構造として捉え、同じ受容体に結合した異なるリガンドが、Gタンパク質とβ-arrestinのシグナルをどう選び分けるのか 、リガンドが同一ファミリーのなかでどの受容体サブタイプを選ぶのか 、そして受容体がGiやGsといったGタンパク質をどう選択するのか を解析しています。
これまでに、KORではバイアスドシグナリング、OX2RとM2ムスカリン受容体ではリガンドのサブタイプ選択性、EP3ではGi/Gs選択性の構造基盤を明らかにしてきました。構造解析に薬理学的機能解析、分子動力学計算、分光学的解析を組み合わせ、分子認識から細胞内シグナルまでを一続きの機構として理解することを目指しています。
Keywords: cryo-EM / ligand recognition / biased signaling / subtype selectivity / G-protein selectivity / pharmacology
Representative Studies
代表的な構造・機能研究
GPCRの構造を決めるだけにとどまらず、リガンド認識、受容体サブタイプ選択性、Gタンパク質選択性、バイアスドシグナリングへと解析を広げてきました。構造情報を機能の理解につなげた代表例を紹介します。
Fig. 1 · KOR–Gi · cryo-EM 2.76 Å / 2.90 Å
κオピオイド受容体(KOR): バイアスドシグナリングの分子基盤
Nalfurafine結合型およびU-50,488H結合型のKOR-Gi複合体構造を、それぞれ2.76 Å、2.90 Åで決定しました。cryo-EM、ATR-FTIR、NanoBiT機能解析、MDシミュレーションを統合し、K2275.40 、C2866.47 、H2916.52 、Y3127.34 がβ-arrestinのリクルートメントに重要であることを示すとともに、リガンド結合部位からシグナル選択性へと情報が伝わる分子機構を解析しました。
Nature Communications (2025) ↗
図:Suno-Ikeda et al., Nature Communications (2025) を改変。CC BY 4.0 .
Fig. 2 · OX2R–EMPA · X-ray 1.96 Å / XFEL 2.30 Å
オレキシン2受容体(OX2R): サブタイプ選択的リガンド認識
OX2R選択的アンタゴニストEMPAとの複合体構造を、放射光X線結晶構造解析(1.96 Å)と、X線自由電子レーザー(XFEL)を用いたシリアルフェムト秒結晶構造解析(2.30 Å)の両方で決定しました。さらに、より分解能の高いOX2Rの放射光構造と、Rosenbaumらが決定したOX1Rの放射光構造(PDB ID: 4ZJC)を比較し、2.61位と3.33位の非保存残基がサブタイプ選択性の鍵であることを明らかにしました。図は、EMPAの結合様式と、選択性を生み出す構造的特徴を示しています。
Structure (2018) ↗
図:Suno et al., Structure (2018) をもとに改変。
Fig. 3 · EP3–Gi · cryo-EM 3.4 Å
プロスタグランジンE2受容体EP3: Gタンパク質選択性
ヒトEP3-Giシグナル複合体の構造を3.4 Åで決定し、EP2-GsおよびEP4-Gs構造との比較と変異体解析から、ICL2の34.51位(H163)とTM5の5.68位(R259)がGi/Gs選択性に関わることを示しました。受容体がGタンパク質を選び分ける構造原理の理解につながる研究です。図は、EP3-Gi複合体の全体構造と、選択性に関わる残基の拡大図を示しています。
Cell Reports (2022) ↗
図:Suno et al., Cell Reports (2022) の構造をもとに作成。
Fig. 4 · M2 receptor · AF-DX 384 / NMS
M2ムスカリン受容体: サブタイプ選択性の構造基盤
M2選択的アンタゴニストAF-DX 384および非選択的アンタゴニストNMSが結合したM2受容体の構造を決定し、MDシミュレーションと薬理学的解析を組み合わせて、M2とM3のあいだのサブタイプ選択性を解析しました。オルソステリック部位の残基はサブタイプ間で高度に保存されていますが、M2ではリガンドと受容体の接触がより緊密になることが、AF-DX 384の選択性に寄与することを示しました。図は、AF-DX 384の結合様式と、NMS結合構造との比較から見える構造的特徴を示しています。
Nature Chemical Biology (2018) ↗
図:Suno et al., Nature Chemical Biology (2018) をもとに改変。
Molecular Discovery
標的を制御する 分子の創出
高品質な標品を出発点に、標的タンパク質の状態や機能を選択的に制御する分子の取得・設計に取り組んでいます。抗体やAI設計バインダーに加え、共同研究による小型バインダーの取得、外部パートナーとの比較DELによる低分子探索を組み合わせています。
Antibodies
抗体
研究室内で抗体を作製・スクリーニングし、EP4アロステリック抗体のように受容体の特定の構造状態を認識して機能を制御する抗体を取得します。構造解析用のFabや、シグナルを制御する機能性抗体として展開します。
Monobodies & nanobodies
monobody / nanobody
共同研究により、monobodyやnanobodyなどの小型バインダーを取得しています。構造解析を支えるツールとして、また細胞内外で働くモダリティーとして活用します。
De novo binders
AIを活用したde novoバインダー
構造情報をもとに、AIを活用したde novo設計で標的表面に結合するタンパク質バインダーを設計し、研究室内で発現・評価します。
Small molecules
低分子(DELスクリーニング)
高品質な膜タンパク質標品を調製し、外部パートナーと連携してDNAコード化ライブラリ(DEL)の比較スクリーニングを実施します。得られた候補化合物の結合・機能・作用機序を研究室で評価し、低分子リガンドの創出を目指します。
得られた分子は、複合体の構造解析と機能解析で作用機構を検証し、タンパク質の機能を制御する機能性モダリティーとして育て、医薬品への発展を目指します。
Keywords: antibody production / monobodies and nanobodies (collaboration) / AI-enabled de novo binder design / small molecules by DNA-encoded library (DEL) screening / functional modalities
Current Directions
構造から、 機能性モダリティーの創出へ
これまでに築いてきた構造・機能解析の基盤を、標的タンパク質の状態やシグナル出力を選択的に制御する機能性モダリティー の開発へと発展させています。分子構造を「見る」ことにとどまらず、標品の生産、構造解析、機能評価、制御分子の探索を繰り返しながら、Protein Production → Structure → Molecular Discovery → Drug Development の流れをつくることを目指しています。
抗体、monobody/nanobody、AIを活用したde novoバインダー、DELスクリーニングで得られる低分子など多様なモダリティーを対象に、構造ベース創薬(SBDD)や計算科学も組み合わせ、新しい制御原理と創薬モダリティーの創出、そして医薬品への発展に取り組んでいます。
Multiscale physiology
学術変革領域研究(B) 「生理因数分解」からの展開
学術変革領域研究(B)「マルチスケールな生理作用の因数分解基盤構築(生理因数分解)」では、GPCRをモデルに、リガンドによる受容体の構造変化からシグナル伝達、細胞応答、個体レベルの作用までを多階層でつなぐ研究基盤の構築に取り組みました。A01班「過渡的タンパク質複合体の高速構造解析プラットフォームの構築」の研究代表者として、機能状態に応じて形成されるタンパク質複合体を構造として捉えるための基盤を整備しました。
初期の成果として、κオピオイド受容体(KOR)のリガンド依存的なシグナル選択性に関する構造・機能研究を報告しました。本研究班で得られた主要な成果は、現在、複数の論文として取りまとめています。
これらの成果を、Structure → Function → Modality を統合した創薬研究へつなげています。
学術変革領域「生理因数分解」 ↗
Functional modalities
EP4アロステリック抗体から 機能性モダリティーへ
プロスタグランジンE2受容体EP4では、阻害抗体Fab001との複合体構造を3.2 Åで決定し、細胞外表面に結合した抗体が、オルソステリック部位へのリガンド結合とシグナル伝達をアロステリックに制御 することを明らかにしました。
この研究室独自の成果を出発点に、阻害抗体が認識する構造状態を手掛かりとした比較DELによって、抗体の機能を低分子化合物で再現できるかを検証していきます。候補分子の作用機序を機能解析と構造解析で検証し、機能性モダリティー の開発につなげることを目指しています。
Nature Chemical Biology (2019) ↗
Targets & Platform
研究対象と研究基盤
オピオイド、オレキシン、プロスタグランジンE2、ムスカリン、ボンベシンと複数の受容体ファミリーを対象にしてきたのは、選択性の一般則を導くには、ファミリーをまたいだ比較が必要だからです。GPCRを中核としながら、構造生物学から新しい創薬原理を引き出せる膜タンパク質やタンパク質複合体へも対象を広げています。標的タンパク質の生産から構造解析、機能評価、制御分子の創出までをひと続きの研究プロセスとして扱い、その出発点に高品質な標品の生産技術を置くことが、蛋白質科学グループの特徴です。
Research targets
GPCRを中核に、 多様な創薬標的へ
オピオイド受容体、オレキシン受容体、プロスタグランジンE2受容体、ムスカリン受容体、ボンベシン受容体をはじめとする複数のGPCRを対象に、リガンド認識、受容体の活性化、シグナル選択性、サブタイプ選択性を構造と機能の両面から解析しています。
GPCRにとどまらず、構造情報から新しい制御原理や創薬の可能性を引き出せる膜タンパク質・タンパク質複合体へも対象を広げています。
Integrated platform
生産・構造・機能・制御分子を つなぐ研究基盤
高品質な膜タンパク質標品の生産技術を基盤に、クライオ電子顕微鏡単粒子解析、GPCRシグナル解析、抗体作製、AIを活用したde novoバインダー設計、構造ベース創薬、分子動力学計算を組み合わせています。monobody/nanobodyの取得と比較DELスクリーニングは、外部パートナーとの連携を活用しています。
個々の技術を別々に使うのではなく、生産 → 構造 → 機能 → 制御分子 のサイクルを回すことで、創薬標的を多角的に解析し、医薬品へ発展させうるモダリティーの創出につなげます。
Targets: opioid / orexin / prostaglandin E2 / muscarinic / bombesin receptors and broader drug targets. Platform: protein production (expression, purification, complex formation, QC) / cryo-EM / pharmacology / antibody production / AI-based de novo binder design / SBDD / MD; monobodies, nanobodies and comparative DEL screening with external partners.
Collaboration
産学連携・共同研究
創薬標的タンパク質の生産、構造解析、機能解析、抗体・de novoバインダー・低分子(DELスクリーニング)といった制御分子の創出、構造ベース創薬などをテーマに、アカデミアや企業との共同研究を進めています。
6 Industry partners
これまでに製薬・バイオ関連企業6社との共同研究実績があります。お持ちの標的タンパク質、化合物、抗体などを出発点とする研究にも対応します。企業名および個別プロジェクトの内容は公開していません。
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